Kororon 映画について語るBlog

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映画 暗くなるまで待って  オードリー・ヘップバーン 主演/    テレンス・ヤング 監督

暗くなるまで待って [DVD]

 

“華やかで清純な妖精” 、「ローマの休日」であるとか、「麗しのサブリナ」、「パリの恋人」など、ヘップバーンの映画からうかがえる、ヘップバーンのイメージ、「ティファニーで朝食を」であるとか、また違った一面を見せるオードリーであるが、”妖精のような可憐さ“  は変わることなく、ヘップバーンが主演するどの映画を見ても、観る者は彼女の美しさにため息をつくのではなかろうか。そんな美しくファッショナブルなオードリーが演じるのは、盲目の主婦であり、その役どころには、”華やかさ“ も ”可憐さ“ も ”ファッション性“ もないのであるが、オードリー演じる盲目の主婦には、なんというか、凛とした清楚さが感じられ、盲目ながらも、世界チャンピョン級の盲人になろうと、また、彼女の夫も彼女を甘やかすことなく、彼女のために厳しい態度をとったりするのである。

 

夫が海外の空港で、見知らぬ女性から人形を預かってしまったために、この主婦は事件に巻き込まれることになる、彼女の家に、怪しい男たちがやってくる、が、目の不自由な主婦スージーは、彼らのヘタな芝居に騙される、だまされてしまうのであるが、彼女もなかなか手ごわいのである。暗闇の世界に生活している者だけに研ぎ澄まされる感覚と知恵によってスージーは、男たちの三文芝居の怪しさに気づいていく、気づいていきながら、犯人の裏をかいていく、スージーの知恵は見ていて気持ちがいい、目が不自由だからと言って、健常者が侮ることはできないのである。

 

監督は初期の頃の007シリーズを撮った、テレンス・ヤング監督であり、チャールズ・ブロンソン三船敏郎アラン・ドロンの3人のビッグスターを主役にした、「レッド・サン」なども手掛けている。007シリーズを撮った監督が、007シリーズにでてくるボンド・ガールとは180度違ったタイプの女性、オードリーを主人公に添えて、アクション全くなしの、静かなサスペンスを作った、と言いうところがこの映画のみどころと言えなくもない。

 

また、目の不自由な女性と言ってすぐに思い浮かぶのは、三重苦であったヘレン・ケラーであり、三重苦というハンディを背負いながらも、著作を出版し、世界各地を公演して回ったヘレン・ケラーのエネルギーと勇気を思うとき、この映画「暗くなるまで待って」のスージーヘレン・ケラーと同じ勇気を持って、勇気あればこそ、あの信じられないような難局を見事に乗り切って、ラストのシーンへとつながるのではなかろうか。

 

一方、この映画で面白いと思ったのは、怪しい男たちの中で、スージーの夫の友人を演じている男が、最後にはスージーの勇気と知恵に脱帽して、本来の彼らの目的を果たさずとも、スージーのもとを去ろうとするところであり、どうやら、もともと根っからの悪人でもなさそうなのであるが、彼のたどる運命はやはり、自分のとった行動の報を受ける、と考えられる。どんな運命であるかは映画を観てほしい。

 

また、同じアパートに住む少女、グロリアも忘れてはいけない存在で、時に情緒不安定でヒステリーを起こすのであるが、彼女もスージーを愛しており、スージーは夫にご近所さん、果ては、怪しい男たちの一人からも好感を持たれるのである。そんな人々の心を打つもの、それは、やはり、目の不自由なスージーの生きようとする真摯な姿勢にあるのではないかと思われる。

 

映画「暗くなるまで待って」では、スージーは暗闇を作ろうと必死になり、怪しい男たちは、明かりを求めて必死となる、その両者の必死さが、映画のクライマックスでぶつかり合い、見ている観客をドキドキさせる‥‥ということで、この映画、本来は、部屋を真っ暗にしてみるならば、そのサスペンスも十分堪能できるのではないか、と思うのでした。