Kororon 映画について語るBlog

映画を語りつくす blog ☆ いい映画も、残念な映画も、好きな映画に、無理(?) な映画も、時に、ドラマも

映画 宇宙戦争   トム・クルーズ  主演   : 悪くないけれど残念な映画

 

宇宙戦争 (字幕版)

 

 

最近のニュースで、アメリカの火星探査機、“パーサヴィアランス” が火星に無事に着陸したというニュースがある、パーサヴィアランス以前にも火星探索機は火星を文字通り ”探索“ し、火星には大きな頭をして、細長い手足を持っている、地球のタコに似た形状をした火星人も、地球人に似た形状をした火星人も、他にどんな様子をした火星人でも、地球を侵略しようとか、地球を支配しようとか、計画しているエイリアンは少なくとも、今のところ、存在しない、と私たちは知っている。

 

火星探索の時代以前には、サイエンス・フィクションの世界では様々な火星人が描かれてきた、今、筆者の手元にある、ずいぶん古い小説であるが、フレドリック・ブラウン著「火星人ゴーホーム」のプロローグには、地球の多くの人々が火星人の存在、ありうるかもしれない襲来を信じるようになってしまった一例として、“日本の山梨県に自分は火星人だと言いはる男が現れて、それを信じた暴徒の群れに虐殺された” なんていう記述もある、果たして真偽のほどはわからないし、フレドリック・ブラウンは確たる証拠も述べていない、引き合いに出された山梨県の人々にとっては、はた迷惑な一文かもしれない。

 

 

火星人ゴーホーム (ハヤカワ文庫 SF 213)

 

 

実際にあったところでは、有名な映画俳優、かつ、映画監督でもあるアメリカ人、オーソン・ウェルズがラジオドラマで火星人襲来のフィクションを放送したところ、その放送を信じ込んでしまった人々で、大騒ぎ、大パニックになってしまった、という、これもまた有名な話がある。つまり、これほど、以前は、火星探索前史においては、火星人は実際に存在して、地球侵略を狙っているかもしれない、と、多くの人々は信じ込んでいたのだ、ということをいいたい。

 

そして、やっと映画の話に移るのであるが、トム・クルーズ主演の映画「宇宙戦争」は、そんな火星人の襲来を描いたH・G・ウェルズ著の古典的SFをベースに、地球侵略をもくろむ火星人をウェルズのイメージした火星人よりも、もっと、グロテスクに、狂暴に視覚的に訴えた映画ではないかと考える。

 

地球よりも文明も科学も格段に進んでいる宇宙人にウェルズの時代もトム・クルーズの現代も、人類がかなうはずもなく、映画ではヨーロッパ、アジア、そして、アメリカと次々と全滅してゆく、映画のストーリー展開では、このまま人類は滅んでゆくしか道はなさそうに思えるのである、人類からの攻撃に対して、シールドを作って防御できる技術を持つエイリアンに、どうやって、そのような技術も持たない人類が対抗できようか、勝ち目はない。

 

が、人類の助っ人は思わぬところからやってくる、ちょっと拍子抜けするくらい、ああ、そうだったの、と、映画全編を占める人類に対する壮絶な虐殺は何だったの、と思えるくらいに、あっさりと、火星人、宇宙人、エイリアンは退散することになる、まあ、原作に忠実であるなら仕方のないか。もう一つ原作に忠実に、トム・クルーズ演じる主人公レイ・フェリスは、あれだけ破壊的な人類殺戮をみせられた後に、全くエイリアンたちの攻撃を受けていない、奇跡的に、彼らの攻撃からまぬかれた、元妻の実家に娘とともにたどり着き、元妻、息子、元妻の両親たちと再会を果たす、めでたし、めでたしの結末。

 

悪くはないが、やっぱり、ちょっと、非現実的、あれだけアメリカ中が破壊されつくしたのにさ…とか、エイリアンはレイの元妻の実家のあるボストンだけ見落としたのか…とか、観ているほうも肩透かしを食ったような感じのエンディングでした、まあ、ハッピーエンドなんだからいいじゃないか‥‥という声もあるかもしれない。

 

が、この映画で描かれている、かなり、”グロテスク“ な火星人には拒絶反応を起こしつつ、かつ、エンディングにも消化不良を残しつつ、トム・クルーズは頑張っていたけれど…今回は、悪くないけれど残念な映画、かな、やっぱり、と思う次第。