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映画  ジョジョ・ラビット

ジョジョ・ラビット (字幕版)

 

前回は、コロナが始まってから初めて劇場で観た映画について語った、なので、今回はコロナが始まる前に最後に劇場で見た映画について語ろうと思う、これは第2次世界大戦中のドイツ人の少年のメンタル成長物語である、少年の名前を “ジョジョ” という、 “ラビット” というのは少年につけられたニックネールだ、ラビットなんてかわいいニックネームだね、と思うかもしれないが、このニックネームをもらった経緯はかわいいなんてものではない。

 

少年は戦時下のドイツで、ヒットラーユーゲントの立派な兵士となるべく、幼年児童の訓練に参加している、少年は無邪気で、心に一点の曇りもなく、心から真剣に、ユーゲンントの立派な兵士になることを楽しみに励んでいる、そんな少年に年長の先輩がウサギを殺すように命じる、優しい少年はウサギを殺せずに、仲間からもらったあだ名が”ジョジョ・ラビット“ というわけで、このニックネームはどちらかというと、ウサギを殺せなかったジョジョを馬鹿にした、不名誉なニックネームである、その不名誉なニックネームをタイトルとした監督の意図は何か、このニックネームにジョジョの優しさを込めたのか、優しさゆえにヒットラーユーゲント失格の汚名(?!)となったニックネームに皮肉を込めたのか。

 

ということで、映画の始まりでは、何も知らない子供ゆえに、ヒットラーによる支配がドイツに落としている暗い影を全く感じることなく、天真爛漫に、サマーキャンプに参加するかの如くヒットラーユーゲンント育成の訓練に参加しているジョジョを描く、何しろ、ことあるごとにジョジョのメンタルの中に現れて、ジョジョを励ましてくれるジョジョの心の友は何を隠そう、アドルフ・ヒットラーその人である。

 

そんなジョジョであるのだが、ある日、母親が自宅にかくまっているユダヤ人の少女を発見してしまう、そこからジョジョとこのユダヤ人の少女との交流(?)が始まり、映画のストーリーも展開してゆき、少女へ対するジョジョのメンタルの変化の過程がこの映画の見どころと言えば見どころであろうか、映画に引き込まれる。

ジョジョユダヤ人のことをどんなふうに考えているのか、がわかるシーンもある、幼い子供への教育がゆがんでいるとこんなふうになるのか、ということが分かる、滑稽である意味、ユーモラスなシーンであるはずなのだが笑えない。

 

が、少年は成長して、戦争の終わりを迎える、戦争が終わって少女と少年はどうなるのか? それは、やはり映画を観てもらいたい、タイトルの ”ジョジョ・ラビット“ が少年の名誉となるニックネームであったのか、恥ずかしくも不名誉なニックネームであったのか、映画を観ているあなたに確認してもらいたい。

ジョジョを取り巻く大人たちもいい、大人ではないがもう一人、いいわき役がいる、ジョジョの親友のヨーキー少年だ、映画の中ではポイントポイントにでてきて笑いを誘う、特に、戦争終結後の展開の中ではいい味出している、彼にも注目してもらいたい。

 

この映画はユーモアにも満ちているのだ、監督は全く思いもよらない角度からナチスドイツを描いて見せた、いや、以前にロベルト・ベニーニ監督「ライフ・イズ・ビューティフル」という映画、アウシュヴィッツ強制収容所とそこにとらわれたユダヤ人の主人公を描いた作品だがあった、この映画「ジョジョ・ラビット」と同じく思いもよらない角度からナチスドイツを描いた作品であるのではないか。

 

ぜひ、ジョジョ少年の成長を見てほしい、ゆがんだ社会、ゆがんだ教育、ゆがんだ大人たちの中で大きくなっても、子供は自分でゆがみを正して成長してゆくのだな、という、何か安心感みたいなものも感じることができる、「ジョジョ・ラビット」はそんないい映画であると思う。

 

 

ライフ・イズ・ビューティフル (字幕版)