Kororon 映画について語るBlog

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M・ジョーダン・フリーク

今週のお題「自慢の一着」

  マイケル・ジョーダンが引退してもうどのくらいになるだろうか。最近のNBA事情はほとんど知らないのだが、マイケル・ジョーダン引退後にも、数々の新しいスーパースターが登場してきて、中には、ジョーダンの記録を塗り替えた選手もいるらしい。

ジョーダンが引退した後は、ぱったりNBAを見なくなってしまったので、

それらの選手についての知識は全くなく、名前をあげろと言われてすぐに言うことのできるのは、シャッキール・オニールただ一人くらいで、ずいぶん古い。

やはり、ジョーダンが引退して随分年月が経っている、と我ながら感じざるを得ない。

私がシカゴに行ったのも、ずいぶん昔の話。そして、シカゴでジョーダンのレストランに行って、ジョーダンのレストランで、ジョーダンのレストランの絵柄入りTシャツを買ったのも。

  私はマイケル・ジョーダンが大好きだった。”だった”?、いや、今でも好きだな、引退してしまった今でも、ジョーダン関連のニュースを聞くとすぐに反応してしまうから。ジョーダンが現役の時はブルズの試合は放送されるものは全て録画していた。マイケル・ジョーダンはシカゴブルズというチームに所属していた、だから、シカゴに行ったんだけれど。プレイオフともなると、もうテレビに釘付けだった、ブルズはNBAで6度優勝している。その頃のブルズのライバルといえば、ユーイングのニューヨークニックス、バークレーのサンズ、ストックトンのユタジャッズなど、そうそうたる顔ぶれの強豪チームぞろいだった。だがら、決勝戦ともなると、大変、何度も繰り返して録画ビデオをみたものだ、特に、ジョーダンのスーパープレーを何度も何度もリピートして。

  あるアメリカ人に言ったことがある、マジック・ジョンソンよりもジョーダンのほうがすごい、偉大だよって、当時一人でひと試合60ゴール以上したこと、スリーピート2回もしたこと、シュートの時の滞空時間の長いこと、まさにエア・ジョーダンだって、2枚のディフェンスをかわしてシュート決めること、などなど。アメリカ人は私が夢中でジョーダンのすばらしさを並べ立てるのを面白がっていたようだった。

  雑誌も、ジョーダン関連の本も買いまくった、今でも大切にして持っている、ある意味宝物かな。英字新聞を取っていて、ジョーダン関連、ブルズ関連の記事は切り抜いてスクラップブックにした、それも今でも保存してある、こちらもやはり宝物。日本でもジョーダンやブルズのプリントTシャツ、キャップをずいぶん買った、信じられないかもしれないけれど、中には、まだそでを通したり、使ったりせず、大事にしまって、だしては眺めているだけのTシャツやグッズもある。ちなみに、マイケル・ジョーダンレストランの絵柄入りTシャツは着ているよ、大切に、今も、大のお気に入りTシャツ。

  マイケルジョーダンが来日して、横浜アリーナで試合をした、もちろん、行ったよ、チケットとるのは大変だった。当時はネットで予約なんてなかった、一人ではチケットとるの無理だろうと思ったので、頼み込んで、チケット販売開始時刻から3人で電話かけまくっていたら、一人がつながって、何とかチケット手に入れることができた、

最高にうれしかった瞬間。

  つまり、このくらいクレイジーマイケル・ジョーダンのファンであったこと、

そして、ついには、シカゴに、ブルズの本拠地、シカゴのユナイティッドセンターまで行ってしまったんだ。時はクリスマス、真冬のシカゴは雪景色、道路も積もった雪で歩きにくかった。でも、シカゴに滞在している間、毎日、ホテルからレストランまで歩いて行った。毎日、マイケル・ジョーダンレストランで食事した、確か、3日か4日ぐらいのほんとに短い滞在だったけれど。

ほんとにうれしかったよ、この時は。確か、凝ったメニューはなかったと思ったけれど、マイケル・ジョーダンのいるシカゴにいて、ジョーダンのレストランで食事をして

るってことだけで、ファンとしてはこの上なく幸せ、大満足、この時は雪のシカゴでこの上なく幸福な日々を満喫していて、そして、記念に買いました、マイケル・ジョーダンレストランの絵柄いりTシャツ。数あるTシャツの中でも、やはり、ここでしか、このレストランでしか買えない、という点がこのTシャツを宝物にする。

今でも、大切にしているし、そのTシャツを着て、この記事を書いている次第。

これからも、大事に着ていこう。

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