Kororon 映画について語るBlog

映画を語りつくす blog ☆ いい映画も、残念な映画も、好きな映画に、無理(?) な映画も、時に、ドラマも

映画 グラディエーター    ラッセル・クロウ 主演/    リドリー・スコット 監督

グラディエーター (字幕版)

 

ローマを訪れると、その巨大な円形競技場、コロッセウムを目にすることができる、フォロ・ロマーノと並んで古代ローマの遺跡として有名な観光地である、この円形競技場の観客席にたたずみ、競技場を見下ろしながら、古代ローマにおいて、この円形競技場がどのように使われていたのか、と思いを馳せる。無数にある観客席はローマ市民で埋め尽くされ、そのローマ市民は競技場で行われている競技に熱狂している、それは、あたかも、現代の、例えば、東京ドームで、客席を埋め尽くす野球ファンが、見下ろす野球場で行われている、巨人vs.阪神戦に声を張り上げて熱狂するがごとき光景と似ている。ただ、現代の東京ドームと異なるのは、そこで行われていた競技が、野球の競技などではなく、人間vs.人間がお互いに剣と剣を交えながら、死闘を繰り広げる、生きるか死ぬかの、血なまぐさい戦いだったのである。

 

「エイリアン」「ブレードランナー」といったSFの名作を手掛け、日本の名優、松田優作の遺作となった「ブラック・レイン」を撮影した、リドリー・スコット監督は、このローマの血なまぐさい、又、現代に生きる私達から見たらあまりにも残虐な古代ローマの ”競技“ 、”見世物“ を映画「グラディエーター」で、見事に映像に再現した。この血を血で洗う競技を行う剣闘士のことを ”グラディエーター“ と呼ぶのである。

 

主人公は、ローマ軍の将軍から、奴隷に身を落とした、ラッセル・クロウ演じる、マクシムスという男であり、ローマ皇帝から、自分の跡を継いでほしいと乞われたばかりに、奥さんも子供も虐殺され、自身はローマ軍を追われ、奴隷となる。映画では、競技場でのグラディエーターたちの戦いぶりばかりではなく、多くはないが、彼らの生活、剣闘士養成所、剣闘のルールみたいなことも描かれている。そして、映画を観ているほうは、この競技の残虐さに息をのむ。

 

日本において戦国時代が映画やTVドラマの時代劇舞台として人気があるのと同様に、西洋では古代ローマという時代は映像的題材として、もしかしたら人気があるのかもしれない。映画「ベン・ハー」では、やはり円形競技場でチャールトン・ヘストン演じる奴隷ベン・ハーが、こちらは、迫力ある戦車競走を見せてくれる、同じくカーク・ダグラスが剣闘士としての反乱奴隷、スパルタカスを映画「スパルタカス」で演じてみせる、また、映画「クレオパトラ」ではエリザベス・テーラー演じるところのクレオパトラが、シーザー、アントニーとともに、ローマ帝国を舞台に一大歴史ドラマを演じる、かくも、古代ローマ時代という舞台は、ハリウッドの映画人に人気のある時代、と言えるのではないか。

 

スペインには ”闘牛“ という娯楽が今なお残っている。筆者はいまだ闘牛を実際に見たことはないのであるが、コロッセウムに似たような円形闘牛場で、人間vs.人間ではないが、人間vs.牛で牛が血を流して息絶えるまで追い詰めていき、観客がその ”見世物“ に大歓声を上げて熱狂するという姿が、映画「グラディエーター」で描かれた人間同士がお互いに相手が息絶えるまで追い詰めあうという ”見世物“ に観客が我を忘れて夢中で歓声を送り続ける、という姿と重なってしまうのである。どうやら、闘牛が初めて ”見世物“ として公の場にでてきたのは中世らしく、果たして、古代ローマの剣闘とその中世に世に現れたといわれる闘牛とが、何かつながりがあるのかどうか、残念ながら筆者にはわからない。

 

映画「グラディエーター」を見て、剣闘士たちの競技のシーンは当然のごとく残虐であった、が、一方で、より残虐さ、残酷さを感じたのは、先ほどから書いているが、その競技を見ている観客たちの姿であった、古代ローマの市民は、大人から子供まで、そう、子供までである、剣闘士たちが ”殺戮“ しあうのを、現代、私たちが野球の巨人・阪神戦に夢中になって熱狂するのと同じように、娯楽として熱狂し観戦していた。

 

そんなところを見事に描ききった、リドリー・スコット監督、この映画は、アカデミー賞英国アカデミー賞ゴールデングローブ賞でそれぞれ作品賞を受賞し、それらも含めて36もの賞を受賞している。まだ、未見の方、一度見てみる価値はあると思うよ。