Kororon 映画について語るBlog

映画を語りつくす blog ☆ いい映画も、残念な映画も、好きな映画に、無理(?) な映画も、時に、ドラマも

情婦  ビリー・ワイルダー監督/  アガサ・クリスティー原作

 

情婦 [DVD]

原作はアガサ・クリスティーの短編「検察側の証人」だ、「オリエント急行の殺人事件」に次いでクリスティー2回目の登場、映画としては「オリエント急行殺人事件」よりもずっと古い映画でモノクロ。

検察人、証人、という言葉からも推測できる通り、この映画は法定物だ、ただ、「十二人の怒れる男」とは異なり、密室の陪審ものではなく、文字どおり、法廷での弁護士、弁護側の証人、検察官、検察側の証人による、法廷劇となる、だから、裁判所でのやり取りのシーンは多い、退屈した場面もあった、小説を先に読んでいたのでなおさらだったのか。

 

この映画を観た時、まず、クリスティーの短編小説の「検察側の証人」を読んでいた、だから、映画を観ながらついつい原作と比較してしまった、ここは小説と同じ展開、こんなシーンは短編にはなかったなあ‥‥とか。が、短編小説のストーリーを2時間近い映画に膨らませなくてはいけないのだから、監督もいろいろ工夫する、そんな、監督ビリー・ワイルダーの工夫とアイデアと才能もこの映画から伝わってくる。

 

まず、小説ではさらりとしか描写されない、弁護士のキャラを、弁護士の生活を、ワイルダーはまず映画の冒頭でふんだんに見せる、時にやりすぎじゃない?トゥ―マッチ、と言いたくなりそうになるのだが、ラストでやはりこの冒頭のシーンは必要不可欠、しっかり描写されなければいけないシーンであったか、と理解する。

 

弁護士への依頼人、つまり被告でありかつ、マレーネ・デートリヒ演じるクリスチーネの夫にタイロン・パワー、このタイロン・パワー演じる夫が犯したと思われる罪について、この映画ではカンカンガクガクノ裁判の様子が描かれる、そして、この夫も小説に比べてキャラがしっかり描かれる、まあ、ある意味あたりまえ、映画で扱われる事件の中心人物となる男、しっかりしたキャラクター設定がなくてはならない、ワイルダーでなくてもそう考えるだろう。

最初に登場した時から、軽い、明るい…と思った、殺人罪の被告として裁判を受けるのに、こんなに軽くていいのか、とか、が、これもやはり、ラストシーンに自然につながる、適切な被告人の描き方だったと。

検察側の証人 (創元推理文庫)

 

この映画,ミステリーなので、最初に小説読んでいたら面白くないだろう、と思うかもしれない、私も若干そんな気持ちもなくはなかった、が…ラストは衝撃的。

クリスティーストーリーテリングの才能には敬服させられる、そして、映画を観て、クリスティーの上をいった、と筆者には思える、ワイルダーの才能にさらに敬服させられる。この映画は本当に、しっかり最後まで観ないといけない。

 

リアルな法廷劇にもかかわらず、ワイルダーの映画、隅々に粋なユーモアがちりばめられている、そんなところも魅力、クリスティーの小説を読んでから映画を観るのもよし、小説を読まずに映画だけを見るのもよし、どちらにしても楽しめる映画、クリスティーワイルダー、二人の巨匠の才能の共演をぜひ観てほしい。