Kororon 映画について語るBlog

映画を語りつくす blog ☆ いい映画も、残念な映画も、好きな映画に、無理(?) な映画も、時に、ドラマも

映画  リオ・ブラボー   ジョン・ウェイン 主演

リオ・ブラボー(字幕版)

 

 

リオ・ブラボーというのはいったい何のことかと思っていたら、この映画の舞台となった街の名前だった、141分、2時間以上ある長い映画なのである、殺人の罪で逮捕した男を刑務所に入れて、連邦保安官に引き渡すという、それを、町で幅を利かせているゴロツキの親分で、逮捕された犯人の兄貴が、弟を助けるために、弟奪還を画策するというストーリーで、監督ハワード・フォークスは手を変え品を変え、ギャングの兄貴たちに弟奪還のアイデアをひねり出させる。コテコテの西部劇である、多少時代を感じさせる設定や、シーンもなくはない、が、ストーリーテラーハワード・ホークスは、山あり谷ありのストーリーで2時間以上も長時間にわたって、観客を映画からはなさない、そう、面白いのだ、ジョン・ウェイン演じる保安官チャンスと仲間たちと、ギャング一味の戦いと駆け引きが。

 

まず、保安官の味方となる仲間がいい、ディーン・マーチン演じるアル中の相棒、デュード、デュードが酒から立ち直っていくくだりは面白い、足の悪い毒舌のスタンピー爺さんも、牢番ばかりでさぞ退屈だろうと、同情を禁じえないが、要所要所でキーポイント的な活躍をしており、足の悪い老人であるからと言って侮れない助っ人なのである。一番最後に仲間に加わった早撃ちの若者、コロラドもその早撃ちはみごとであり、危機一髪の保安官チャンスを助けることとなる。

 

この四人に、女賭博師のフェザーズが絡んできて、保安官チャンスと恋に落ちるのだが、二人の恋の行方が、これもいい、ジョン・ウェインは相変わらずこの映画でも、まじめで、仕事一筋、超男らしくて、勇気は誰にも負けないが、武骨で不器用、女性にお世辞の一つもいえず、自分の気持ちを素直に伝えられない、という、映画「アラスカ魂」の時とほぼ同じ、男を演じる、こんな男を演じると、ジョン・ウェインは水を得た魚のように、生き生き(?)としているのは何故だろうか、ジョン・ウェイン定番のイメージでもある。

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かように、主人公の保安官をはじめ、登場人物達は、生き生きとして西部の時代を生きている、そんな、映画である。筆者は知らなかったが、この映画は、以前このブログでも取り上げた、ゲーリー・クーパー主演の西部劇映画「真昼の決闘」に描かれている “クーパー演じる保安官の姿に不満を持ったハワード・ホークスジョン・ウェインが映画「真昼の決闘」のゲーリー・クーパー演じる、悩める保安官とは全く正反対の保安官とその仲間たちを描いた” 映画である、ということらしい。

 

確かに、映画「真昼の決闘」の保安官は宿敵が保安官の命を取りに仲間とやってくる汽車の時間が迫る中、助っ人は集まらずに、悩んだり、臆病風に吹かれたり、焦ったりする、最愛の奥さんですら保安官を見捨てて街を去ろうとする、命の危険を目の前にして、リオ・ブラボーの町のチャンス保安官とは真逆の、まさに、踏んだり蹴ったりの絶望的状況である。

 

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劇中で使われる歌にもその真逆さは現れる、映画「真昼の決闘」のテーマ曲は、“俺を見捨てないで、ダーリン、俺を見捨てないで、ダーリン” で始まる、聞きようによっては、”真昼の決闘“ という勇ましいタイトルの割には、どこかめめしさすら感じる歌詞ではないか、かたや、映画「リオ・ブラボー」では ”皆殺しの歌“ という、ギョッとするような歌が、ギャングより保安官たちに贈られる、もちろん、こんな歌を聞いたからと言ってひるむようなチャンス保安官一党ではない。このかなり徹底した反発、ハワード・ホークスジョン・ウェインはクーパー演じる、どこか頼りなげな保安官がよほど気に入らなかったと見える。

 

映画「リオ・ブラボー」のチャンス保安官にはそんな頼りなさ、みじんも感じられない、まさに、“男の中の男”、これもまた、以前このブログでも取り上げた映画「ダーティー・ハリー」のキャラハン刑事と共通する形容詞、ここに至って判明する、キャラハン刑事というのは、ジョン・ウェイン的男らしさの流れをくむ現代のヒーローであったか。

 

ということで、映画「ダーティー・ハリー」が気に入っている方には、この映画「リオ・ブラボー」もきっと気に入るのではなかろうか、と筆者は思ったりする。西部劇と刑事ドラマとジャンルはちがえど、どちらも拳銃撃ちまくるっていう映画だからね。映画「リオ・ブラボー」、先にも書いたけれど、2時間を越える西部劇、ビールでも片手にゆったりと楽しむのがおすすめ、でした。

 

 

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映画   バットマン ビギンズ    クリストファー・ノーラン 監督

バットマン ビギンズ (字幕版)

 

ヒーローがヒーローになる前に、ヒーローにもその下積み時代がある「スターウォーズ」のヒーロー、ルーク・スカイウォーカーはその必殺技、フォースの力を持つジェダイ騎士になるために、帝国軍とレジスタンスの戦闘の場を一旦離れて、惑星ダゴバで、師ヨーダによる厳しい訓練を受けていた、又、「鬼滅の刃」の竈門炭治郎もまずは鬼殺隊に入隊するために、過酷な修行をつみ、水の呼吸を会得する、もっとも、この水の呼吸というのは炭治郎にはしっくりこない呼吸法だったらしいが、鬼と戦う段になっても、まだ、炭治郎の階級は低く、さらに上階級の ”柱“ 目指して修練を積むこととなる。

 

映画「バットマン ビギンス」のバットマンも映画の中で悪と戦うために強靭な力を得るために、雪山(ヒマラヤ)にこもって、厳しい訓練を受ける、かように、三者三様の ”悪“ に立ち向かうため、三人とも過酷な訓練を積む、ヒーローも楽ではないな、初めから強いわけではないんだね、と、ここら辺は、こつこつと努力し、精進する大切さを、観る者に伝えてくれるのか、或る意味、教育的(?)シーンなのか。

 

映画「バットマン ビギンズ」では、そのバットマン、こと、ブルース・ウェイン青年の訓練のために、なんと、忍者が登場する、何で、忍者が、と思うのだが、とにかく忍者で、このあたりのシーンは、ちょと、苦笑い、だったりする。さらに、ウェイン君、訓練のために使われる武器は、”日本刀“ である、こちらも、何で、日本刀なんだ、と思う、マカロニウエスタンならぬ、ステーキ時代劇(?)を観ているような気分になって、割とシリアスなシーンであるはずなのに、何故か、笑いがこみあげてきたりする。

 

映画「バットマン ビギンズ」に限らず、映画「スターウォーズ」でも、ライトセーバーと名は変えていても、本来は、日本刀による殺陣をイメージしたものだ、とジョージ・ルーカスは言っていた、図らずも、二つの映画によって訓練、鍛錬、戦闘のための武器として、日本刀が選ばれたことになる、なんだろう、おそらく、メンタル、スピリチュアルな側面から、日本刀が選ばれたか。ゴッサムシティに戻ったバットマンが戦闘で使用する武器は最新型のモダンなものばかりで、日本刀などでてこない、やっぱり、メンタルの強化、だね、メンタル強化には東洋の力。

 

また、バットマンこと、ウェイン青年は、実はメガリッチな億万長者なのである、ここら辺はルークや炭治郎とは違うところで、映画の冒頭で描かれるウェイン青年放浪の旅が終われば、彼は、再び億万長者に返り咲き、その財力に物を言わせて、悪人と戦うための最新兵器を次から次へと開発していき、巨大な屋敷の地下を自身の秘密基地に改造し、屋敷が全焼した後にも、また、復元、いや、さらにパワーアップした屋敷に、作り替えるという、メガリッチさ、バットマンというのは、命がけで悪と戦う億万長者であったのか、と、改めて理解、ゴッサムシティでは だれにも負けないくらい、突き抜けた巨額な ”金“ がないと、悪とも対峙できないのである。

 

 

 

バットマン リターンズ (字幕版)

 

 

映画自体のストーリーはどうかと言えば、前半のウェイン青年、放浪と修行の下りは、先ほども書いた通りで失笑を禁じえない部分もなくはないが、バットマンの起源を語る映画であるため、必要な部分か、シーンがゴッサムシティに再び移ってからは、なかなか面白い、ゲーリー・オールドマン演じる、気弱そうだが、汚職に屈しない警察官も悪くない、バッドマンに出会ったり、バッドマンの幼馴染に助けられたりする少年がほんのわずかなシーンだが登場する、この少年がもしかしたらロビンなのか、と思ったりするが、この映画の中では、そこまで描いていない。この映画はバッドマンシリーズ『ダークナイト・トリロジー』の第一作目であるという、第2作、第3作目ではっきりするのかな、残念ながらそこのところはわからない、まだ、第2、3作目は未見。

 

 

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バットマンの映画で印象に残っている悪役は、もちろん、ジョーカー、ティム・バートン監督の「バットマン」で、ジャック・ニコルスン演じるジョーカーと、同じくティム・バートン監督の「バットマン リターンズ」で、ミッシェル・ファイファー演じる、キャット・ウーマンかな、この『ダークナイト・トリロジー』とは別の作品だが、興味があれば見てみるのも悪くない、ぜひ、どうぞ!

映画  ダーティーハリー    クリント・イーストウッド  主演

ダーティハリー [Blu-ray]

 

 

映画「ダーティーハリー」、クリント・イーストウッド主演の人気シリーズであり、第5作まで作られ、第4作目はクリント・イーストウッド自身が監督をしてさらなる大ヒットを飛ばした映画である、なぜこれほどの人気を博したのか、もちろん、クリント・イーストウッドという俳優自身の魅力もあろうが、「ダーティーハリー」シリーズ、大ヒット最大の功績は、主人公のサンフランシスコ市警の殺人課刑事、ハリー・キャラハン刑事の魅力に追うところが大きいと思う。

 

何よりも有名なのは、映画の中でキャラハン刑事の使用している銃ではないか、“マグナム44” といって、本来狩猟用に開発されて、銃の威力は、劇中ではフィクションであるので多少誇張されているということだが、このマグナム44の破壊力はすさまじいらしい、筆者は、銃器については全くの素人であるので、劇中のキャラハン警部のセリフを引用するが、第一作目で言われる “これは世界一強力な銃だ” というセリフが有名のようだ、本人が言うのだからまず間違いないか。

 

第二作目の冒頭では、かなり射撃の腕がいい白バイ警官が、ハリーのマグナム44が重いといって、一発、射撃の的を外してしまうシーンがある、熟練した射撃手でも扱いにくい銃であるようだ、そんな破壊力No.1で扱いづらい拳銃を、カーチェイスしながらも自在に操り、その、腕前も一流、という、カッコ良さが、まず、キャラハン刑事の魅力か。

 

必要とあれば、容赦なく、遠慮なく、マグナム44が火を噴く、例えば、第1作目のラストの犯人との対決シーンや第2作目の冒頭のエピソード、旅客機をハイジャックした犯人への対処の仕方、黙して悠然と飛行機から去っていく姿、きっと、こういうハードボイルド的キャラハンの行動と性格が、ダーティーリーファンにとっては、たまらなくしびれるところなのかもしれない。

 

 

ダーティハリー2(字幕版)

 

 

また、映画「ダーティーハリー」の中には、『アメリカ映画の名セリフベスト100』というのにランクインする、という名台詞、というか、決めゼリフがある、犯人に向かって銃を突き付け、キャラハンが言う、“You‘ve got to ask yourself one question: ‘Do I feel lucky?’,  Well, do ya, punk! “,  (”俺はついてるのか?“ って、さあ、考えてみな、この野郎!)。

 

突きつけた銃の弾倉に、銃弾が残っているか、いないか、考えてみろ、という、まあ、ロシアンルーレットみたいなことをイメージすればいいかもしれない。映画「ダーティーハリー」で、このセリフは映画の最初と、犯人との対決のラストにでてくる、或る意味、見せ場。

 

このように映画「ダーティーハリー」は、タフガイ、非情、ハードボイルド、破壊力満点のマグナム44、女っ気、全くなし、のハリー・キャラハンを描いて、クリント・イーストウッドの当たり役となり、映画も大ヒット、シリーズ5作まで続くこととなった。

 

キャラハン刑事の有名な決めゼリフには、もう一つ映画「ダーティーハリー4」のなかで、“Go ahead, make my day.” (やれよ[撃てよ]、[俺を]楽しませてくれ)、というのがあり、しばしばこのように訳されるようだ。ハード・ボイルドで、ここぞというときに、こんな渋い決めゼリフのある、ハリー・キャラハン刑事というキャラクターが、

大ブレイクしたのも無理からぬことか。

 

映画「ダーティー・ハリー」で、男の中の男、ハリー・キャラハン刑事に酔ってみるのも、悪くないかもしれないね。

 

 

 

ダーティハリー4(字幕版)

映画  タクシー運転手  約束は海を越えて    ソン・ガンホ  主演

タクシー運転手 ~約束は海を越えて~(字幕版)

 

ミャンマーで国軍によるクーデターが起こり、一夜にして軍事政権が誕生し、ミャンマーの市民はそれに反対し、連日のようにデモが行われ、とうとう、軍は市民に実弾の入った銃口を向け、14名という死者が出た。これ以上の犠牲者が出ないことを祈るばかりであるが、軍事政権に反対するデモや集会が続けば、軍の対応は次第にエスカレートしていき、市民にさらなる犠牲者が出るのではないか、という悪い想像をしてしまう、世界の世論がそうなることを阻止できるほどに、強くなることを願うばかり。

 

ミャンマーよりもっと以前には、イギリスから中国へ返還された香港は一国二制度のもとに、返還される以前とほぼ変わらぬ自由を謳歌できる都市であった、が、突然の中国の政策転換、その自由を奪われることとなる、自由を奪われまいとする市民の抵抗は今なお続き、大勢の逮捕者も出し、香港を脱出してイギリスに移住しようという沢山の香港市民を生み出し、香港を守ろうという香港市民の抵抗もむなしく、現在の香港には昔の香港の面影はない。香港で起こっていることは、ニュースによって世界中の人々の知るところとなっているが、香港の現実を変えるに十分に力強い、世界の世論とはなっていないのが現状か。

 

そして、映画「タクシー運転手 約束は海を越えて」は、ミャンマーや香港よりも以前に、クーデターに端を発し、韓国の光州において軍と市民との間に勃発した武装闘争に巻き込まれていくタクシー運転手を描いた。平凡なタクシー運転手がこの武装闘争に巻き込まれていくきっかけは、何の政治的意図もない、他愛のないことであり、当初はこのタクシー運転手にとって光州の武装闘争は他人事であり、一人の外国人を光州に送り届ける仕事によって手に入る、高額な報酬が目当てであった。

 

ところが、ソン・ガンホ演じるタクシー運転手キム・マンソプは、ドイツ人記者ピーターを光州に送り届けたことにより、光州で軍に抵抗する様々な市民と出会う、軍による市民への暴虐、残虐なふるまいを目撃する、ドイツ人記者ピーターの光州での出来事を世界に知らしめるという使命感に共感する…などの様々な経験をして、自らも光州事件に深く、深くかかわっていくことになる…という展開、観客はタクシー運転手、キム・マンソプの目を通して、光州における軍の市民に対する残忍さ、非情さを知ることになる、映画のこのあたりは実に見ごたえがある。

 

映画の見どころは様々あるのだが、一つ上げるとするならば、タクシー運転手キム・マンソプとドイツ人記者ピーターが光州脱出を図ろうとするときに、光州のタクシー運転手たちが、自分たちの命とタクシーをかけて、二人の脱出を手助けする場面か、思わず手に汗握るシーン。また、この映画は実話をもとにして作られており、ラストシーンも実話に沿った形の展開となる、軍と市民の衝突による残虐さや、二人の脱出の緊迫感から解放された後の、しみじみ余韻の残るラストとなる。

 

この映画のポイントは、光州事件の実態を描いているところと、ドイツ人記者ピーターが光州の事実を世界の人々に知らせようと、彼もまた命がけで努力しているところでなないだろうか。権力が市民を弾圧している事実を世界に知らせる、権力による市民の弾圧だけでなく、今、世界で起こっている様々な具合の悪いことを世界の人々が知る、人間は何事もそれを知らなければ、次なる行動を起こせないではないか、弾圧も、汚職も、地球温暖化もコロナ対策も…。

 

そういったことを気付かせてくれる、という点においてもこの映画は、一見の価値があり、タクシー運転手のキム・マンソプが見事ミッションを果たす結末に、張本さんではないが、あっぱれ!をあげたいと思う。

 

映画  マルタの鷹   ハンフリー・ボガード 主演  : 悪くないけれど残念な映画

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ハードボイルド(hard-boiled)という言葉は、辞書によると、”非情な、動じない、妥協しない、厳しい、タフな、強靭な、硬派の、情にほだされない、シニカルな“ などの意味がある、ハードボイルドな小説、とか、ハードボイルドな探偵と言ってよく耳にするのは、フィリップ・マーロウという名前なのであるが、筆者は残念ながらフィリップ・マーロウが登場する小説を読んでいない。

 

ハードボイルドと言って、思い浮かべる小説家にアーネスト・ヘミングウェイがいる、上記の辞書の定義で、ヘミングウェイの文章を考える時、あの簡潔で、余計な要素を削り取った文章は ”硬派“ という意味が当てはまるような気がする、様々な修飾で文章を飾り立てることのない点において、彼の文章はハードボイルドと言われるのか、または、単にヘミングウェイが女性の描写を苦手としていた、という根拠によって、彼の小説はハードボイルド、と言われるのか、辞書には、文芸的にハードボイルドと使うと、それは “純客観的表現で道徳的批判を加えない” とある、が、どうもピンとこない。

 

ハードボイルド(hard-boiled)というのは、もともと、卵のゆで加減を表していて、ハードボイルド、すなわち、”堅くゆでた、堅ゆでの“ という意味であり、堅くゆでられたゆで卵というのは、食してみると、塩でも振りかけない限り、わりと、何の味わいもない、そっけない味であり、味わい深いとか、美味であるとか、ソフトであるとか、といった形容詞からは程遠い食感なのである、そんなゆで卵の食感が上に記した ”ハードボイルド“ という語の持つ意味を生んだのか。

 

そんな、ゆで卵から生まれて、ダシール・ハメットという作家が確立したスタイル、と言われている ”ハードボイルド“ 映画の一つに、ハンフリー・ボガード主演「マルタの鷹」というのがある、原作はその、ダシール・ハメットであり、サム・スペードという、また、いかにもハードボイルド感のある名前をした探偵が主役なのである。

 

マルタの鷹〔改訳決定版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

ハンフリー・ボガード演じる探偵、サム・スペードが、確かに、ハードボイルドだ! と、感じられるのは、やはり、この映画のラストではないか。事件解決をし、すべての種明かしをしているときのサム・スペードはカッコいい、これぞ男の中の男、っていう感じがする、ハードボイルドの定義の “”非情な、妥協しない、厳しい、タフな、強靭な、硬派の、情にほだされない “ といったところがまさにぴったりで、なるほど、こういうのがハードボイルドであるか、と、ここでピンときた。

 

そこに至るまでのサム・スペードは、どうも、ハードボイルドっていうには、ちょっと違うんじゃないか、と、筆者は感じていた。たとえば、相棒の奥さんと浮気したり、確かに、或る意味、“非情” と言えば、“非情”であるが、また、依頼人の女性に対してはハードボイルドにしてはかなり親切で優しかった、彼女が嘘つきであるとわかっても、この辺りは、どこが、“厳しい” とか、”硬派の“ であるとか、“情にほだされない” といったハードボイルド的要素があるのか、と首をかしげた。

 

が、最後まで、ラストまでしっかり見ると、この映画で ”ハードボイルド“ ってこういうことか、と、今まで、ピンとこなかったものが、わりとクリアに理解できる、そんな気がする、ハードボイルド探偵小説の世界に浸ってみようか、なんて思ったりもする。そんな、ハードボイルド的には悪くなく、ラストのハンフリー・ボガードはかなりカッコいいのだが、残念ながら、ミステリー的には今一つ、という感想は否めない、というわけで、この映画、カッコいいハンフリー・ボガードには残念であるが、 ”悪くないけれど残念な映画” かな、と感じる。

 

マルタの鷹(1941) (字幕版)

 

映画 宇宙戦争   トム・クルーズ  主演   : 悪くないけれど残念な映画

 

宇宙戦争 (字幕版)

 

 

最近のニュースで、アメリカの火星探査機、“パーサヴィアランス” が火星に無事に着陸したというニュースがある、パーサヴィアランス以前にも火星探索機は火星を文字通り ”探索“ し、火星には大きな頭をして、細長い手足を持っている、地球のタコに似た形状をした火星人も、地球人に似た形状をした火星人も、他にどんな様子をした火星人でも、地球を侵略しようとか、地球を支配しようとか、計画しているエイリアンは少なくとも、今のところ、存在しない、と私たちは知っている。

 

火星探索の時代以前には、サイエンス・フィクションの世界では様々な火星人が描かれてきた、今、筆者の手元にある、ずいぶん古い小説であるが、フレドリック・ブラウン著「火星人ゴーホーム」のプロローグには、地球の多くの人々が火星人の存在、ありうるかもしれない襲来を信じるようになってしまった一例として、“日本の山梨県に自分は火星人だと言いはる男が現れて、それを信じた暴徒の群れに虐殺された” なんていう記述もある、果たして真偽のほどはわからないし、フレドリック・ブラウンは確たる証拠も述べていない、引き合いに出された山梨県の人々にとっては、はた迷惑な一文かもしれない。

 

 

火星人ゴーホーム (ハヤカワ文庫 SF 213)

 

 

実際にあったところでは、有名な映画俳優、かつ、映画監督でもあるアメリカ人、オーソン・ウェルズがラジオドラマで火星人襲来のフィクションを放送したところ、その放送を信じ込んでしまった人々で、大騒ぎ、大パニックになってしまった、という、これもまた有名な話がある。つまり、これほど、以前は、火星探索前史においては、火星人は実際に存在して、地球侵略を狙っているかもしれない、と、多くの人々は信じ込んでいたのだ、ということをいいたい。

 

そして、やっと映画の話に移るのであるが、トム・クルーズ主演の映画「宇宙戦争」は、そんな火星人の襲来を描いたH・G・ウェルズ著の古典的SFをベースに、地球侵略をもくろむ火星人をウェルズのイメージした火星人よりも、もっと、グロテスクに、狂暴に視覚的に訴えた映画ではないかと考える。

 

地球よりも文明も科学も格段に進んでいる宇宙人にウェルズの時代もトム・クルーズの現代も、人類がかなうはずもなく、映画ではヨーロッパ、アジア、そして、アメリカと次々と全滅してゆく、映画のストーリー展開では、このまま人類は滅んでゆくしか道はなさそうに思えるのである、人類からの攻撃に対して、シールドを作って防御できる技術を持つエイリアンに、どうやって、そのような技術も持たない人類が対抗できようか、勝ち目はない。

 

が、人類の助っ人は思わぬところからやってくる、ちょっと拍子抜けするくらい、ああ、そうだったの、と、映画全編を占める人類に対する壮絶な虐殺は何だったの、と思えるくらいに、あっさりと、火星人、宇宙人、エイリアンは退散することになる、まあ、原作に忠実であるなら仕方のないか。もう一つ原作に忠実に、トム・クルーズ演じる主人公レイ・フェリスは、あれだけ破壊的な人類殺戮をみせられた後に、全くエイリアンたちの攻撃を受けていない、奇跡的に、彼らの攻撃からまぬかれた、元妻の実家に娘とともにたどり着き、元妻、息子、元妻の両親たちと再会を果たす、めでたし、めでたしの結末。

 

悪くはないが、やっぱり、ちょっと、非現実的、あれだけアメリカ中が破壊されつくしたのにさ…とか、エイリアンはレイの元妻の実家のあるボストンだけ見落としたのか…とか、観ているほうも肩透かしを食ったような感じのエンディングでした、まあ、ハッピーエンドなんだからいいじゃないか‥‥という声もあるかもしれない。

 

が、この映画で描かれている、かなり、”グロテスク“ な火星人には拒絶反応を起こしつつ、かつ、エンディングにも消化不良を残しつつ、トム・クルーズは頑張っていたけれど…今回は、悪くないけれど残念な映画、かな、やっぱり、と思う次第。

 

映画  キッド   チャールズ・チャップリン 主演/   チャールズ・チャップリン  監督

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チャールズ・チャップリンといえば、世界的に有名な、だれもが認める喜劇王なのであり、数々の名作を作り上げてきた監督でもあり、その中から今回は「キッド」という映画について語りたいと思う。タイトル「キッド (The Kid)」 からもわかる通り、この映画は一人の子供とチャップリン演じる、どちらかというとその日暮らしの貧しい男の物語であり、ストーリーとしては、格別に奇をてらった、珍しい話、というわけでもないのだが、では、何がこの映画の魅力であるか、と問われれば、そうですね、5歳という設定ながら、この子役の演技のうまさ、かわいらしさ、と、いつもながらチャップリン演じる男のユーモラスさ、ではないかと思う。

 

この映画の子役は、ジャッキー・クーガンといって、この映画「キッド」の出演によって、一躍有名子役になったという、映画で子供は5歳という設定であるが、この子供が、車に乗せられ、孤児院に連れていかれそうになり、チャップリン演じる男と、離れ離れにさせられそうになる、というときの、彼の演技は、実に真に迫っていた、5歳児のこれほどの迫真の演技に感心した。

 

5歳児と言えばNHKのテレビ番組「チコちゃんに叱られる」がすぐに思い浮かぶのだが、チコちゃんも5歳児ながら芸達者、口達者であり、昔も今もたった5歳の子供だから、といって、侮れず、この映画を観て改めて、5歳の子供でも大人顔負けの演技、大人顔負けの役者、であることに驚くばかり。

 

 

 

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一方、現代の日本の子役にも、悪くないなあ、と注目する子役がいる、映画「キッド」とは違い、すでに、最初に観たドラマでは小学校低学年、つい最近観たドラマでは小学校高学年くらいの役どころであった、山城琉飛という少年で、初めて彼をTVで観たのはTVドラマ「シャーロック アントールドストーリーズ」の ”少年シャーロックが現れる“ の回で、その少年シャーロックを演じていた、ちょっと生意気そうだが、その明晰な頭脳で持ち前の推理を披露するあたりと、小学生の子供らしさをみせる演技は、印象的でうまいと思った。

 

 

 

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その後、つい最近、TVドラマ「相棒」で、再び彼を見ることになった、最初は気づかなかった、が、ドラマが進行するうちに、なにか、あれっ、この子役、どこかで同じような雰囲気のこの役者を見たことがある‥‥と、過去の相棒ドラマで子役が登場していた回を、思い出してみたが、どこにもいない、違うなあ…と、何が記憶に引っかかっているのか、とさらに、いろいろ思いめぐらし、そして気づいた、右京さんに「友達を助けて」といった時の、ちょっとかすれたハスキーな声が、TVドラマ「シャーロック」で「おじいさんを探してください」と言っていた時の声と重なった、重なったのは彼のその時と今回の真剣な表情と声であった。

 

映画「キッド」では、チャップリン扮する男が夢を見るシーンがある、夢の中には天使がたくさん出てくる、チャップリン自身も天使になるのだが、この夢のシーンは映画のストーリーと全く関係なく、唐突に、しかも、割と長いシーンでなのである、実際、このシーンがなくても、映画の進行上はなんの問題もないのだが、役者に全員天使の扮装をさせて、ひとしきり遊ぶ、子供は天使、とでも言いたかったのか、実のところ、筆者にはよくわからない。

 

チャップリン自身はこの夢の天使のシーンだけではなく、ストーリの流れの中でも、いつものスクリーンの彼のように様々なユーモアやギャグを見せてくれる、もしかしたら、ストーリーの中で見せるギャグだけではチャップリン、消化不良、満足できなくてストレスがたまり、ストーリーでふざけることができない分、夢の中でぞんぶんにふざけてみたのかしら、と、勝手に思ってみたりもする。

 

子役とチャップリンの二人の演技が、実にうまくキャッチボールをして、いい映画になった「キッド」、モノクロのサイレント映画である、サイレント映画、ってどんな映画?チャップリンって誰?と思う方もいるかもしれない、そんな方も、ここはひとつ、サイレント映画チャップリンを体験してみてはいかがでしょうか、すでに、チャップリンのファンの方は、もちろん、この映画の良さを十分理解しているでしょう‥‥と思うばかり!

 

 

 

相棒-劇場版IⅤ- 首都クライシス 人質は50万人!特命係 最後の決断

映画 夕陽のガンマン   クリント・イーストウッド  主演

夕陽のガンマン [Blu-ray]

 

若き日のクリント・イーストウッドはカッコいい、かたや、相棒となる、リー・ヴァン・クリーフもカッコいい、二人とも早撃ちの名手で、定めた狙いは外さない、が、映画はマカロニ・ウエスタンとはいえ西部劇で、わりと、簡単に人間を撃ち殺していく、お尋ね者の死体が山と積まれたトラックが映し出されたりして、割と壮絶感も漂わせたりする。クリント・イーストウッド主演の大ヒットしたマカロニ・ウエスタンの第2作目である、

 

一応、マカロニ・ウエスタンというのはいったい何かというと、イタリア製の西部劇のことで、スパゲッティ・ウエスタンであるとか、ティラミス・ウエスタンであるとか命名せずに、甘くも柔らかくもない、ゆであがる前の 硬いマカロニを選んで、”マカロニ“ ウエスタン と命名したところに、先にも書いた、死体がゴロゴロ出てくる、やたらと人を撃ち殺す ”男の世界“(?)、”硬派の世界(?)“ をイメージしたのではないか、と考える。

 

もう一人の賞金稼ぎの大佐、リー・ヴァン・クリーフはスーツに身を固め、どちらかというと、スタイリッシュに、クールに、お尋ね者をしとめていく、彼には賞金稼ぎをするそれなりのある理由があるのだが、風来坊風のクリント・イースドウッドの賞金稼ぎと、対称的で、対称的な二人が、協力し合うようになるところも面白い。

 

日本語タイトルは「夕陽のガンマン」であり、原題は「For a Few Dollars More」(もう数ドルのために)と言って、前作「荒野の用心棒」に続き、用心棒ではなく、賞金稼ぎが主人公の映画である。

賞金稼ぎの映画なのに、”用心棒” とした、前作「荒野の用心棒」の邦題は、監督のセルジオ・レオーネ黒澤明監督の「用心棒」のファンであり、日本映画「用心棒」へのオマージュから第一作目 (原題「A fistful of Dollars」《一つかみのドル[金]》)、 を製作したことを考えて日本語タイトルを「荒野の ”用心棒“」としたのは明白。

 

 

用心棒

 

 

筆者が驚いたのは、賞金稼ぎというのは昔の西部開拓時代の話だとばかり思っていたのだが、現代のアメリカにも形を変えて ”賞金稼ぎ(bounty hunter)” という ”職業“ があるらしい、ということ、もっとも、西部開拓の時代のように、お尋ね者の遺体にも賞金を支払うということはもちろんなく、”該当する法律に従って犯罪者や逃亡者を逮捕することで報酬を得ている“ とある。どうやら、アメリカには、保釈の際の保釈金を立て替えてくれる会社があり、その保釈金を踏み倒して保釈中に逃亡する犯罪者が多く、そんな犯罪者を追跡して捕まえて、高額な保釈金を取り戻し、謝礼をもらう、というシステムのようだ。

 

そういえば、映画「スターウォーズ」にも賞金稼ぎ(Bounty hunter)は登場していた、賞金稼ぎボバ・フェットはハン・ソロを追跡して、捕まえ、ジャバ・ザ・ハットに引き渡していたではないか。西部開拓の時代から、現在を経て、遠い未来のSF映画まで…賞金稼ぎが日常の生活の中にも普通にある職業として成り立っている社会であるからこそ、のボバ・フェットだったか。

 

映画「夕陽のガンマン」、賞金稼ぎという言葉を第2作目も使わず ”ガンマン“ としたところにクールさを感じる、又、”夕陽の“ とつけたことによって、なんというか寂莫とした荒涼感が出て、背中に夕日を浴びてたたずむガンマンの姿が浮かぶイメージ、確かに、映画の舞台となっている西部の町は荒れた、そっけなさを醸し出す寂莫感漂う街になっている。

 

是非、この映画で、若き日のクリント・イーストウッドの早撃ちに堪能して、黒澤明監督の映画「用心棒」及び、「椿三十郎」、こちらも観てほしい、賞金稼ぎと用心棒、西と東、どちらもクールで、ハマることは間違いないよ!

 

 

 

椿三十郎

 

映画 勝利への脱出   シルベスター・スタローン 主演/    ジョン・ヒューストン 監督

勝利への脱出 (字幕版)

 

 

”脱走“ を扱った映画は数あれど、集団での脱走と聞いてすぐに思い浮かぶのは、往年の名作、映画「大脱走」であり、この映画には数々の有名スターが出演しているのだが、一番に思い出して、印象に残っているのは、スティーブ・マックイーン演じるアメリカの航空兵ヒルツであり、単独行動で脱走を試みるさまは、この映画「勝利へ脱出」のシルベスター・スタローン演じるアメリカ軍大尉のロベルト・ハッチを思い出させる、いや、逆か、ロベルト・ハッチがヒルツを手本にしたという方が当たっているか。

 

この映画の場合は ”脱走“ がテーマだが、この映画に思い起こされるスポーツ映画には、こちらはクリント・イーストウッド監督、アパルトヘイトがテーマの映画「インビクタス/負けざる者たち」とブラド・ピット主演、弱小チームを強豪チームに作り替えていく映画「マネー・ボール」、と、それぞれ全く違ったテーマ、背景の映画なのだが、スポーツを中心として、弱小チームが次第に強くなって、最後に、大きな感動を与える、というストーリー展開に、スポーツの持つ底知れに力を感じ、サッカー、ラグビー、野球という異なるスポーツではあるけれど、スポーツって侮れぬ、人間の心をこうもわしづかみにするものなのか、と改めて思う次第。

 

映画に話を戻すと、この映画で重要な役割を果たすスポーツはサッカーであり、映画には現役のサッカー選手や往年のスター選手が多数出演して、話題を呼んだという、あいにくと、サッカーに疎い筆者は、サッカーファンと違って、だれがどの選手なのかはトンとわからなかった、ルイスという選手が見事なオーバーヘッドキックで得点を決めるシーンでは、そのキックのシーンが何度も繰り返しスローモーションで映し出されて、さすがに、スゴイキックだ、と、サッカー素人の筆者も感心していたのだが、後から、その選手がサッカーの神様と言われるペレであった、と知った、この映画に出演している有名サッカー選手たちを探して楽しむ、という楽しみ方は残念ながら筆者にはできなかった、もったいなかったかもしれない。

 

ドイツ軍と連合軍の捕虜のサッカーチームによる親善試合の展開は、実際にあった史実をもとにしているようだが、その裏で進められた脱走計画は映画のためのフィクションであるのか、ロッカールームに抜け道が予定通り作られたときの選手たちの選択、思わず、それはあり得ないよ、と愉快になり、スポーツってそこまで選手たちを熱中させられるものなのか、と、ジョン・ヒューストン監督のサッカーへの思い入れを感じた。

 

 

ランボー (字幕版)

 

 

が、最後のペナルティーキックの場面、ドイツチームのサッカー選手と、シルベスター・スタローン演じるゴールキーパーとの対決なのだが、せっかく主役のスタローンの見せ場、なんだか、あまりにもあっさり終わってしまって、拍子抜けした、もう少し、撮りようなかったのか、と、思わずにはいられなかった。ドイツ選手のキックも迫力なかったし、もっと稲妻みたいなキックさせてほしかった、そして、スタローンは、ここは、ランボーみたいな超人的なゴールキーパーとして‥‥どうかしら。

 

それで、結局 ”脱走“ のほうはどうなったのか、と思いながら、ラストを迎える、このラストは好きだ、いいと思う、フィクションなので史実とは違うらしいが、筆者はこのラストとってもいいと思う、ロッカールームでの選手たちの選択は間違っていなかったな、と思わせてくれる。ラストを見るまでは、スタローンのスタンド脱走、これがないとストーリー展開しないのだが、そしてまた、先に書いた、スタローンの最大の見せ場の描かれ方、ちょっと、なんだか、しっくりこない、いかがなものかと感じ、これは、”悪くないけれど残念な映画“ かなあ、と思っていたのだが、ラストシーンが気に入った、なので、良しとしよう、と、思いました!

 

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映画 素晴らしき哉、人生!   ジェームズ・スチュワート主演/   フランク・キャプラ 監督

素晴らしき哉、人生!(字幕版)

 

英国の作家、チャールズ・ディケンズの小説に「クリスマス・キャロル」というのがあって、けちで意地悪なスクルージおじいさんが、”クリスマスの奇跡“ によって、心優しいお爺さんへと変貌していく物語がある、もちろん、映画になったり、ミュージカルになったりと、人気のクリスマスシーズンの物語である、また、「34丁目の奇跡」という映画もあって、これはタイトル通りに ”クリスマスの奇跡“ のお話であろう、残念ながら筆者はまだ未見ですが、そして、この映画「素晴らしき哉、人生!」も、同じく ”クリスマスの奇跡“ の物語である。

 

亡霊と天使という違いはあるけれど、映画「素晴らしき哉、人生!」での奇跡の起こり方は 「クリスマス・キャロル」に近いように思われる、かように、欧米諸国では、クリスマスにはハッピーな不思議な魔法がかけられ ”奇跡“ が起こると、昔から、皆、考えるのが好きだったようである。

 

クリスマス・キャロル (新潮文庫)

 

 

クリスマスの ”奇跡“ の物語である、映画の冒頭から ”神様“ の声が聞こえてきて、天使が登場するとわかる、もしかしたら、子供向けのファンタジーの映画ではなかろうか、と観ているほうもつい思う、ストーリーも子供仕様だったら、参るなあ、とか…しかし、ストーリーが進行するにつれて、そんな杞憂も吹っ飛び、物語はなかなかシビアに、面白く、人生の皮肉のようなものを織り込みながら、進んでいく、ジェイムズ・スチュアート演じるジョージ・ベイリーの人生の物語は面白い。

 

そんな主人公、ジョージ・ベイリーが人生最大の苦境に立たされる、絶望に突き落とされたベイリーに ”クリスマスの奇跡“ が起こるところが、この映画のクライマックス、となる。天使の登場の仕方も、まあ、ユニークであった。天使の力による ”クリスマスの奇跡“、この奇跡が、ファンタージー調にならず、子供仕様にならず、うまく、大人仕様にまとめ上げたところ、観ていてホッとした、フランク・キャプラ監督、腕の見せ所。キャプラ監督の ”クリスマスの奇跡“ はよかった、大人でも十分に鑑賞に堪えうる ”奇跡“ であた、結局、いい話。

 

映画のラストでは、天使が持っていたマーク・トゥエイン著「トム・ソーヤ―の冒険」の物語が、ベイリーのもとに残される、これは映画の流れとは全く関係のない、監督の仕掛けであるが、実に、巧みな仕掛けである、と筆者は考えた。何が一体、仕掛けなのか、と問われるならば、天使の持っていた本が “マーク・トゥエイン” 著の小説であること、それも、アメリカ人なら、きっと、子供から大人まで誰もが知っていると思われる「トム・ソーヤ―の冒険」であることか。

 

 

トム・ソーヤーの冒険 (新潮文庫)

 

 

マーク・トゥエインは ”tall tale (ほら話)“ とその手法を自身の作品に巧みに取り入れて、数々の名作を生みだした作家である、そのマーク・トゥエインの著作、それもあまりにも有名な著作が、天使からベイリーに贈られた”奇跡“ と合わせてもう一つのクリスマス・プレゼントであった。これの意味するところは何か? 一目瞭然ではないのか、フランク・キャプラ監督も、マーク・トゥエインと同じく ”tall tale” を巧みに自身の映画に取り入れて、みごと、”クリスマスの奇跡“ の物語を作り上げた…‥と筆者は思う。

 

素晴らしき哉、人生!」、大人のファンタジーと言えるのではないか、フランク・キャプラ監督の ”tall tale" に耳ならぬ ”目“ を傾けて、クリスマスには幸せな気分に浸ってみるのも悪くない、そんな、クリスマスには相応しい、本当に、いい映画、でした。

 

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